第5章 工作
―――
樋口が退室して暫くして、その部屋に来客を報せる叩敲が響く。
「入り給え」
許可を得て入室してきたのは真っ黒のスーツを身に纏い、外套を袖を通さずに羽織っている女性だった。
「紬君。君から私の元に来るなんて珍しいねぇ」
満面の笑みで来客を歓迎する首領。
「そうですか?まあ、出来れば来たくありませんからねぇ」
「酷い……」
紬は、はぁ、と息を吐きながら云う。
先刻の雰囲気とは違って、辛辣な事を云われようとも和やかに返す首領。
「それで?如何かしたかい?」
「任務が完了したので報告に」
「嗚呼…如何?」
「特に問題ありません。寧ろ、予定よりも早く片が付いた上に、更に収益が」
「続けて」
肘を机に付き、手を組んで紬の報告を聞き始める。
「『人虎の生け捕り』に懸賞金を掛けていた連中―――『組合』が腰を上げたようです。此の地に上陸するのも数日の内かと」
「……。」
さらりと述べた内容に思考を巡らせているのか。
森は口を接ぐんだ。
「その情報を得られたのも何処かで誰かさん達が派手に暴れてくれたお陰です」
「……。」
そう告げた瞬間に、首領の眼がニッコリと笑う紬を捉えた。
凡てを理解したのか。森もフッと笑う。
「好きにして善いよ」
「有難うございます」
一礼して。
紬は退室していった。
「?紬は何でニコニコしてたの?」
パタンと扉が閉まってから首領の隣にいたエリス嬢が森を見上げて首を傾げる。
「彼女を今の位置に置いておく保証を私に取り付けることが出来たからだよ」
「?」
矢張り彼女が動くか、と。
やれやれと云いながら息を吐いて呟く森。
その顔は苦笑しているも、本当に困ってはいない様子だ。
切り捨てる予定だった彼女―――樋口一葉の保身を先手打ってきたのだ。
恐らく、
「彼女の可愛がっている大事な部下の、大事な後輩だもんねぇ」
「?紬って兄以外に大事な人居たの?」
「酷いよ、エリスちゃん」
森は苦笑する。
「紬君は結構、仲間思いだよ。…………………太宰君に危害を加えない事が前提だけど」
「意味判んない」
エリスは呆れたように呟いた。