第20章 忘却
ポートマフィア地下ーーー
ドゴォッ!
何かが叩き付けられるような音が地下に響き渡る。
コホコホ…
数回の咳の後に声が聴こえた。
「貴様に残された道はただ1つーーー云え」
「……っ!」
とある男が壁に張り付けられていた。
以前、裏切り者である太宰が囚われた時と同じ様に。
その男の顔の僅か数糎横の壁を、対峙した男の外套が。
黒い「何か」が抉ったのだ。
「……如何した。貴様等が土足で踏み込んだ此方側の世界だというのに、よもや恐れ戦いて言葉も出せぬと云うのか?」
「………ぁ………ぁっ…!」
図星だった。
発する声は言葉になれずに消えていく。
男は震えっ放しだった。
「安心しろ。彼の人から殺すなと命を受けている」
その言葉に安堵したかった。
しかし、出来なかった。
コホッ…
咳をしてそう云った男ーーー芥川の背後で
再び黒い「何か」が蠢いたのだ。
「手足を一本ずつもぐだけだ。死にはしないーーー」
「ヒッ……!」
そう云ったと同時に黒い「何か」は勢いよく男の脚に向かって来たのだった。
「止せ、芥川」
「!」
ピタッ!
突如、第三者の声が響き渡り、「何か」は動きを止めた。
現れた人物に対して頭を下げる芥川。
ガチガチと奥歯をならしていた男は、現れた男が小柄な事に少しだけ安堵した。
煙草をふかしながら声を掛けていると云うのに攻撃的な男が反論すらできない存在だと気付いてないらしい。
「派手にやってンなァ」
「殺さなければ何をしてもいいというご命令でしたので」
「痛めつけンのは構わねェが痛みのあまりに彼奴が行う尋問に影響がでちまったら手前も折檻されるぞ」
「……。」
小柄な男のその一言は芥川のヤル気を殺ぐには充分だったようだ。
一礼してその場から去っていった。
小柄な男はやれやれ、と苦笑して紫煙を吐き出す。
芥川が去っていった事に安堵したのか。
男が長い溜め息を着いたのを、小柄な男は見逃さなかった。
煙草を足元に放って靴裏で揉み消すと壁の男に近付いていく。
そして、スッと右太腿を掴んだ。
「安心してンのかァ?随分と舐めらたもんだなァ……おい?」
「っ……ギャアァア!!」
ボキッ……!!
簡単に脚の骨をへし折った男に対する恐怖と痛みが悲鳴となって地下に響き渡った。