第20章 忘却
『『表』なんかよりも圧倒的な暴力を持つ『裏』が『表』を侵食していないのは『裏』にもルールが在るからです』
『……。』
確かに、と呟いたのは社長の後ろに控えている秘書だ。
『それなのに陰で蠢くだけの薬が、表に顔を出して悪戯に社会を脅かした』
『……。』
社長の顔が青くなる。
父があの建物を譲り渡したせいでーーーー
『そう強張らないで下さい。貴方を咎めている訳ではありません。聖母のような母親からでも人殺しを厭わない子供は産まれるーーー人間は各々で違うのですから』
『『!』』
フワッと笑いながら云った紬に眼を奪われ、社長も秘書も「その通りだ」と納得した。
目の前に座っている女性が良い例では、と。
今の2人には、紬がマフィアに身を置いているが聖母のように見えているのかもしれないーーー
何処か安心したような顔で紬を見つめる社長に紬はクスッと笑って話を続けた。
『私が立ち上げたと云ったその企業は、資金こそ私が提供したものの経営も仕事内容も貴方の会社と何も変わらない。理由はただ1つーーー私の目的は会社経営ではなくこの界隈の市場の監視だからです』
『『監視』……それは』
『大量の薬が動く理由が正当か否かを見極めるだけに』
出されていた紅茶に口をつけ、紬は悲しそうに眉をハの字にした。
『『この界隈に害薬を蔓延させるな』ーーー我々、ポートマフィアの首領の意向なのに今回の件は私達のミスです。真逆、世間で入手しやすい薬を利用して新たな薬物を精製されていたなんて……』
『そんなっ…!』
『だから私はその会社を立ち上げたーーー2度と同じ事を繰り返さないために。市場の動きを監視するには専門の企業の方が正確な情報を入手できて手を打ちやすいですからね』
苦笑するように云った紬の言葉を受け入れるように社長が唾を飲み込んだ。
『あの企業が存在する本当の理由は理解して頂けたでしょうか?』
『はい、そのような意図が在るなんて』
『うふふ。何事も均衡が大事ですからね。私達も暴れまわっているだけが仕事ではないのですよ。あの企業を私が経営しているわけでは在りませんが、此れからもご贔屓にしていただければと思います』
『勿論です。此れからも何卒、宜しくお願いします』
握手を交わす2人。