第20章 忘却
紬の声に社長が顔を上げた。
『私はこのネタを理由に貴殿を脅しに来たわけでは無いのだよ』
『……。』
社長は紬の顔をジッと見る。
そして、直ぐに紬に向き直った。
『取り敢えず、私が何を云いたいかはお分かり頂けたかな?』
『はい』
この男も矢張り、賢いのだろう。
紬が指摘した内容を言い訳などせずに肯定した。
この社長の祖父は真面目な人間だった。
そして祖父には弟が居た。
しかし、だ。
その弟は祖父とは異なり、道を踏み外してしまった。
名のある暴力団に加入し、刑務所にも厄介になる程に。
ーーーー凡ては兄に対する劣等感からだった。
元より名のある一家だった社長の一族はその弟を勘当した。
しかし、次の世代。
社長の父親は、その叔父に無慈悲には成れなかった。
ーーー自身も次男だからだった。
それを理由にかは判らないが、
社長の父親は、生活が貧窮していた叔父一家に所有する子会社そのものを1つだけ譲り渡した。
そこも元は製薬会社。
薬を研究する機材は一通り揃っていたし、事務所もあるから販売のみ行うことだって可能だった。
金銭での援助は一族の目もあるから全く行う気は無かったが、『企業』としてならば顧客を、流通を。
様々な援助を行えると考えたからだ。
たとえ企業として上手くいかなくても、土地や建物を売ったお金である程度の生活は可能だ、と。
社長の父親は、正しい道を歩んで欲しいという意味を込めてその建物を譲り渡したのだ。
だが、その意は伝わらなかった。
その叔父の息子も父親と同様に刑務所に厄介になるような事を繰り返し、現在も法によって拘束されている。
その息子も交際していた女に子を孕ませて家族を作ったというのに……。
親と同じ道を歩んでいるせいでその一家の生活は、相変わらず貧窮していた。
しかし、住むところだけはあった。
唯一、手放さずに持っている建物と土地の権利。
『その建物に在るモノ』だけで育った子供はーーー………
『真逆……父親を反面教師として、奨学金等の制度を利用して職に就き、安定した生活をしていると噂で聴いていたのに………』
社長は息を吐きながらポツリと云った。