第20章 忘却
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紬は先日出向いた企業に来ていた。
以前と同じように部下は外で待機させている。
「済みません。急に連絡をしてしまって」
「いえ。此方からの申し出ですからね。構いませんよ」
ニッコリと笑って出された紅茶に口をつける。
「あ、美味しい」
「お口に合いましたか?」
「ええ。ダージリンのファーストフラッシュですか」
「流石ですね」
世間話から会話を始める。
以前よりは緊張していない様子の男は、この界隈では珍しく『裏』の力を借りずに成長を遂げた大企業の社長だ。
「先日のお話ですがーーー」
その社長である男は紬がカチャリとカップを置くのを待ってから口を開いた。
前回ーーー。
『交渉よりも先ず、私の話を聞いていただきましょう』
そう云って話始めた紬。
同意したのか社長は黙って紬の方を見る。
『この製薬会社は貴方の祖父が立ち上げた小さな会社でしたね。数多の『黒いお誘い』を払い除けながら先々代、先代を経てここまで立派な企業となった』
『そうですね。間違いありません』
『しかし、黒い繋がりはあるでしょう?ーーーこの会社の---否、身内に』
『!?』
社長の顔が一瞬、険しくなる。
勿論、紬はそれを見逃さなかったがそのまま続ける。
『その話は一旦、置いておきましょう。最近、この界隈に『新種の危険薬物』なるものが広まっているのを御存知です?』
『………噂程度には』
『どうやらその新種の薬物は、既存の危険薬物と合法の薬物を調合したもののようなんですよ』
『!』
社長は目を見開いた。
嫌な予感が過ったのか、顔色も悪い上に額には汗が滲んでいる。
『小さな工場が併設されている建物を1つ、その黒い身内に贈呈していませんか?ーーー手切れの意を込めて』
『ーーーっ!!』
社長は賢かった。
凡てお見通しか、と。
目の前に座っている女性の力を、思考を。
正しく理解したのだ。
『社長……。』
秘書と思われる社長よりも年老いた付き人が心配そうに声を掛けた。
動揺をしないということは、恐らく先代から仕えている事情を把握している人間なのだろう。
『勘違いしないでくれ給え』
項垂れてしまった紬はフムッとその光景をみて本題に入るべく口を開いた。