第20章 忘却
「泣かせてごめんね」
「……。」
「私が『違和感』に早く気づいていれば治の記憶は……」
「…えっと」
太宰が口を開こうとするのを紬が指で止めた。
「また名前を訊かれたら次こそ本当に殺してしまうよ」
「……。」
物騒な事を云っているのに不思議と恐怖も嫌な気もしない、か。
太宰は目の前の女性が、『記憶に無い、本当に大切なモノ』なのだと納得した。
「待ってて。取り戻してくるから」
拭った涙の跡を指でなぞりソッと瞼に口付け、そしてフワッと笑った。
だが、それは一瞬だった。
「中也、帰る」
「おう」
何時もの紬。
否、何時もよりも気の立っている紬だ。
車に乗り込む際に、紬の為に後部座席の扉を開けた山吹は紬と目が合った。
「絶対に逃さないーーー必ず絶望をあげるよ」
その瞳が今まで見たことのない暗く冷たいものをしていたせいで山吹は思わず息を飲んだのだった。