第20章 忘却
それでも殺気だっている紬は太宰に向かっていこうとするため中也が必死で食い止める。
「退いてってば!私の事を他人呼ばわりする治なんか治じゃない!今すぐ殺して私も死ぬから!」
「落ち着けって云ってんだろ!」
中也は紬を抱き込む。
「邪魔しないでよ!」
「落ち着けって!明らかに罠だ!判ンだろ!?」
「如何だって善いよそんな事!」
「善くねェだろーが!手前が壊れるのを想定されてンじゃねぇか!相手の思う壺だ!」
「理由なんて如何でもいいってば!今此処で治と一緒に死ぬ!本望だよ!」
「それは彼奴が手前の事を忘れたままでもか!?」
「!?」
暫く暴れていた紬も中也に落ち着くように何度も云われて段々と大人しくなる。
「手前が落ち着けば未だ手はある筈だ。だから先ずは落ち着け……な?」
子供をあやすように背中をポンポンと撫でながら穏やかな声で云うと、漸く中也の肩口に顔を埋めた紬がコクンと頷いた。
「手前も暫く余計なこと喋ン…な……よ」
中也は鎮まった紬の頭を撫でながら深い溜め息を吐いて顔だけ太宰の方を向いて云った。
が、太宰の顔をはっきりと見て驚きのあまり言葉が途切れ途切れになる。
太宰が、泣いていたのだ。
「……何で泣いてやがンだよ手前は」
「……え」
中也に指摘されて自身の頬に触れた太宰は、そこで初めて自分が泣いていることに気付いたのだった。
「何で私……」
慌てて涙を拭う太宰を中也の肩越しにチラッと見る紬。
「ちゅーやぁ……」
「はいはい。手前も暫く大人しくしてろ」
太宰と同じようにぐすぐすと泣き出した紬の頭を乱暴に撫でて、中也は固まっていた探偵社の方を向いた。
「悪ィな、騒がせた」
「仕方無いよ。こうなるって判ってて呼んだのは此方だからね」
何でもなかったかのように飴を舐めながら乱歩が答える。
「ってことは矢っ張り太宰は大切なモノの記憶を奪われてるってことか」
「そうなるね」
「「「!?」」」
乱歩の言葉に探偵社の連中が驚く。その反応に疑問を持つ中也だが乱歩が話し掛けてきため、其方に意識を戻した。