第20章 忘却
「そう。彼奴に情報を与える、イコール思い通りの未来に為すための選択肢を増やす事、だ」
「……。」
言い終わると同時に中也は飲み干した珈琲の缶を片手でグシャリと潰した。
缶はスチール。
片手で簡単に潰せる強度ではない。
話の内容もそうだが、中也のその行為も驚いた様子で見ている伝令。
「……先に云っておくがたかが缶を潰す程度に異能なんか使ってねぇからな」
「え。」
思っていたことを付かれて間の抜けた声を上げる。
「先刻から随分と異能に拘ってるようだがな。そう使わねぇから、いざという時に使ったら恐怖が生まれンだよ」
「!」
「だから異能なんざ使わずともヤれるように鍛練なりなんなり行うんだ。それは誰だってーーー手前だってその気になりゃ出来る」
その缶を屑籠に放る。
カラン、と良い音を立てて籠の中に収まった。
「紬なんか良い例だろ。彼奴の作戦立案は敵味方問わずに散々引っ掻き回す癖に、最終的には予定通りの結果しかもたらさねェ芸術の域だ。けどさっきも云ったが作戦立てるのに異能なんてモノに頼ったりしてねェぜ?」
「………けれど、中原幹部は異能力者じゃないですか。だから太宰幹部の作戦を意のままにこなせるんでしょ?」
「俺が参加してねぇ作戦でも彼奴が失敗したことなんざ一度も無ぇよ。俺とじゃなきゃ何も出来ない、なんて話、聞いたことでもあんのか?」
中也の言葉に首を横に振る伝令。
「だったら誰にでも成し得ない事じゃねえっつーことは理解できンだろ?自分の得意なことを伸ばせ。俺の体術や紬の頭脳のように抜きん出るものを武器になるように磨け」
「得意なことを武器に……」
「異能は必ずしも『良い』モンじゃねぇからな」
小声で紡がれた言葉。
「え?」
「……なんでもねぇよ」
ハッキリと聞き取れなかった言葉が知りたくて伝令は聞き返したが中也は2度云うことはなくその場を去っていった。
夜明け前のロビー。
夜を生業にしているマフィアと云えどこの時間の人の気配は少ない。
残された伝令は見えなくなりつつある中也の背中を見続けて云った。
「『異能』ーーー無し」
伝令は、空が明るくなるまでその場に居座ったままだった。