第19章 策動
ポートマフィアが所有する仕事用の黒塗りの車なんかではなく、中也が普段使用しているらしい黒の車に乗り込んだ。
それだけでも舞い上がりそうなのに
助手席に座っていることで更に気持ちが高揚して顔まで熱い。
山吹は必死に冷静を装っていた。
中也は片手でハンドルをさばきながらもう片方の手で端末を握り耳に当てていた。
「チッ。全っ然電話に出やがらねぇ、糞女がっ……」
『誰が糞女だって?』
「あ"?手前以外に誰がいるか!」
やっと出たらしい相手と喧嘩口調で会話を始めた中也の声を聞いて、その熱は一気に冷めた。
中也の口の悪さのせいではない。
その相手が紬だったから。
そう理解したところで、もう認めざるを得なかった。
中原中也という人間に『恋』してしまっている、と。
詳しくは判らない2人の会話を呆然と聴きながら山吹は中也に聴こえないくらい小さく溜め息を着いた。
「チッ。其処に居ろよ。ーーーああ、10分以内に向かう」
話し終えたのか、端末を懐に仕舞う中也。
電話のせいで途切れていた会話。
お互い無言が続く。
「………あの中原さん」
「何だ?」
気まずかった、訳ではない。
ふと疑問が頭を過ったため山吹は口を開いた。
「何時頃お戻りなられますか?」
「現場を見ないと何とも云えねぇが日付が変わる頃には帰りてぇな」
「そうですか」
「先に帰っとけよ。明日もやらなきゃなんねー仕事は山のようにあるからな」
待っていると云われるのが分かっていたのだろう。
先手を打つように云われた山吹は小さく「はい」と答えた。
そうこうしている間に目的地付近に到着したようだった。
道脇に車を寄せて停止させると中也は車から降りた。
山吹もそれに続くように降車する。
如何やら向かう先は歴史のありそうな建物だ。
何の店だろうか等と思いながら躊躇なく扉を開けて入っていった中也の後に続いたのだった。
そして、直ぐに目的の人物が目に入り
これで2人きりの時間は終わり、か……
先程と同じように溜め息を着いたのだった。