第19章 策動
「もしもしー」
この女は何処まで肝が据わっているのか。
それとも莫迦なだけなのか。
友達にでも話す感覚で電話に出た紬を呆れながら見ていた。
しかし、そんな様子で見ることが出来たのは1分もなかった。
「え?真逆、電話だと誰か判らないとでも云うんじゃないでしょうねーーーそう、お久し振りです」
「!?」
知り合い……!?
男の余裕が一瞬で焦りに転じる。
「いや、何やら私の交渉が気に入らなかったらしくて激昂しているのだよね彼。君から何とか云ってくれないかなあ?」
どくん…どくん。
脈の音で上手く声が聞き取れない男は神経を耳に集中させようと努力していた。
が、その努力が報われる前に紬が端末を返してくる。
嫌な予感しかしない。
男は震えながら端末を耳に当てた。
『おいっ!!今すぐ土下座でもなんでも良い!!赦しを請え!』
電話の相手も震える声で男に告げた。
「………え………」
言葉が詰まる。
頭が上手く回っていないのだろう。
しかし、男は紬から目を離さない……
否、離せないでいた。
紬は妖艶な笑みを称えて男を見ていたのだ。
『お前の目の前にいる方はっ…………!!!』
男は言葉を凡て聞き終わると端末を落とした。
正確には、握る力すら失われてしまった手から滑り落ちた。
そして、直ぐに紬の前で土下座をする。
「申し訳ありませんでした!!!!」
その光景に紬は詰まらなそうに欠伸を1つして口を開いた。
「おや。もう先刻の威勢の善さは終いかい?私を調教するんじゃあ無かったの?」
「数々の非礼、何と御詫びすれば宜しいでしょうか!!」
頭を床に擦り付けたまま男は謝罪を述べ続ける。
男が助けを求めた政治家はポートマフィアと繋がりがある人間だった。
とはいっても目の前の男同様にポートマフィアに対して『ちょっかい』を掛けたせいで返り討ちに遭い、それ以降『取引』している相手だ。
「ああ、未だ名乗っていなかった私も悪いね。私は太宰。××コーポレーションの社員とは名ばかりで、普段はポートマフィアの一翼としてこの界隈の暗部で生活している者だ。以後、お見知りおきを」
「決して忘れません…!!決してっ……!!」
未だ頭を上げずにガタガタ震えながら男は答えた。