第19章 策動
時刻は午後6時を過ぎた頃。
紬は誘われるがままにスイートルームに来ていた。
警戒心を和らげるためか、他に思惑があるのか。
主催者だった男は部下2人の同席も許可していた。
紬の座るソファの後ろで待機する2人を見て男は静かに微笑んだ。
「警備まで付いているとは。貴女は余程大事にされているのですね」
「ふふっ。皆、過保護なんですよ」
このパーティの主催者は食品会社を経営している社長だった。
対して、紬は『××コーポレーション』という製薬会社の社員として参加している。
この製薬会社がポートマフィアのフロント企業だということは未だ公に知られていない。
というのも、最近立ち上げたばかりの会社であり、この社の9割近くが本当に一般人という『裏社会』とは縁がないとしか思えないように百凡偽装が施されている企業なのだ。
出来たばかりだが、資金運営が上手くいっている若輩企業に興味を持った社長は今後の関係を築く為にパーティに呼んだ。
そして案の定、商談を上手く操れる且つ、パーティ映えするような人物を寄越してきたーーー。
今パーティに参加している人間は殆ど有名な企業の社長と、その配偶者。若しくは愛人ばかり。
それらに何一つ劣らない堂々さと、話術。
そして、凡ての者を魅了したその美貌ーーー。
まだ出始めの弱小企業。
好条件をぶら下げれば手籠めに直ぐに出来る。
この様に、男は紬を見た瞬間に、自分のものにする算段を立てていたのだ。
先ずは警戒を解かせる事と紬自らが後ろの警備を離席させる事から。
男はニヤける顔を押さえながら商談を始めた。
「申し訳ありません。その程度の内容でしたら先程提案して下さった社長さんと契約してしまいました」
ニコッと笑いながら平然と云ってのけた紬に苦笑する。
勿論、態とだった。
他の連中が紬と何処までの好条件で取引をしたのかを図るための仮のモノ。
「君は優秀だね」
「勿体無い御言葉ですわ」
うふふ、と笑いながら目の前にある紅茶を飲み干した。
「大変有益な時間を過ごせたこと感謝致しますわ」
カップを置いてスッと立ち上がる紬。
「強気なのもまた魅力的だ」
待ってくれ、と。
引き留めに掛かった男の声に従って紬は座り直した。