第19章 策動
中也は自身の執務室に着くと既に積まれている書類に持っている分を重ねて着席した。
「お帰りなさい」
「おう」
残していた部下の片方がお茶を出す。
「我々が見て判る範囲で期限が迫っているものが其方です」
束になっている書類の説明を一通り聞いて、中也は愛用の万年筆を取った。
「此処にある4分の1は絶対に今日中に終わらせンぞ」
「「「判りました」」」
中也の指示を受けて3人は黙々と書類を片付け始めた。
途中で中也の心配をしに来た他の部下達も全力で手伝い、昼を過ぎる頃には目標の半分は片付け終わったため一息着くことにした。
「全体の8分の1ってとこか。糞っ、此れも紬じゃねーと判ンねぇやつじゃねーか」
部下達が休憩に行っている間も手を止めない中也の呟きに、一足先に休憩から戻っていた部下その1が苦笑する。
「太宰さんもこの3日間は今まで見たことがないほどに仕事されてたんですけどね」
「知ってる」
「もしかして聞かれました?」
「聞くわけねーだろ。俺から一度でも訊いてみろ。それこそ何時間小言を云われるか判ったもんじゃねェよ」
ははは、と否定できずに乾いた笑いを溢す部下。
「ならば何故、判るんです?正直、俺達が普段見ていた太宰さんからは想像はつかないんですけど……」
4年近くマフィアをやっていて紬との接点は殆ど無かった。
中也の直属の部下になって2年近くなるが、最近になるまで紬の姿すら見たことが無かったのだ。
「太宰紬」と云う名の幹部で、
「歴代最年少幹部」と唱われている人物。
そして自分達の上司の『相棒』ーーー。
そんな人物が存在するのだという程度の認識しかなかった。
最近になって上司の在室の有無に拘わらず執務室に入室し、ソファで寝そべって好き放題しているその人物こそが「太宰紬」だと知った。
しかし、それは上司がそう呼んだからであって。
見た目と行動は、とても聞き及んでいた肩書きを持つ人物とは思えなかった。
「本当に急ぎの書類は無ェからな。それだけは終わらせたンだろ」
「!」
顔も上げずに中也は云った。
皆まで話さなくても判る。
嗚呼、これが『相棒』か。
すとん、と理由が填まって納得できてしまった。
部下はフッと笑うと中也と共に再び手を動かし始めたのだった。