第19章 策動
「中也」
笑顔を作っているものの。
自分の名を呼ぶ声とその眼は全く笑っていないのが中也には判った。
次に紡がれる言葉も想像がつく。
「少々、私情をはさみすぎじゃあないかい?」
「……。」
「っ!」
想像通りの言葉を投げつけられて中也は息を吐いた。
しかし退くわけには、いかない。
「先日も自身の任務成功よりも誰かさんの経験を優先して痛手を負ったばかりではないか。まあ、そんなことは私にとっては如何でもいいけれど。しかし、そのせいで何れだけの人間に迷惑と負担が掛かったか理解しているのかい?」
「ああ」
「とても幹部とは思えない判断だけど」
「自覚してる」
「なのに誰かさんを優先するって未だ云う積もり?」
「紬」
「………何」
中也が脱帽する。
その行動にピクリと小さく反応する紬。
「頼む。手前にしか頼めるヤツが居ねえンだよ」
中也が頭を深々と下げた。
紬は流石に驚いた、と云わんばかりに目を丸くする。
「頼む…!」
頭を下げたまま云う中也に、紬は「はあーっ」と長い息を吐いた。
「あー、もう。判った。代わりに行ってあげる」
「!?」
紬の言葉に山吹が大きく反応する。
「紬……」
「もちろん条件は付ける。一切の文句は聞かない」
「判ってる。有難う」
「うわー気持ち悪っ。中也が私にお礼なんて寒気以外に何にももたらさないんだから止めて」
「何だよ、人が素直に礼を云ってるっつーのに」
何時も通りの2人を交互に見る山吹。
「組織の狗と名高い中也が私情を挟むなんて格好のネタ、酒のアテになりそうだし」
「ホント手前は人で遊ぶのが好きだな」
「照れるね」
「褒めてねぇよ」
立ち上がる紬。
「まあ、逃げられないようにね」
「ほっとけ!」
クスクス笑いながらそういうと紬は部屋から出ていった。
パタンと扉の閉まる音を聴いてから山吹が漸く口を開いた。
「あの……中原さん……?」
「何だ?」
「太宰さん……えっと私は」
「取り敢えず此れを持て」
そう云って紬の仕事机に積まれた書類の束を渡す。
「今日中に片付けンぞ」
「!」
書類を抱えると2人も部屋から退室した。