第19章 策動
中也達が地下牢に来る約15分前に紬はその場に着ていた。
「やあ、お疲れ」
「!?」
連絡した相手が来ることなど判りきっていた筈なのに。
見張りを云い渡されていた伝令の男は紬の声を聞いた瞬間に勢い良く立ち上がり、深々と頭を下げた。
眠気が一瞬で飛んだ…。
疲れきった伝令の男にとって、形式だけだと分かっているものの、その一言はとても甘美なものだった。
にやけた顔を必死で元に戻してから顔を上げる。
「結構かかったなぁ。もう少し早く済む予定だったのに」
真っ青な顔。
今にも飛び出そうな真っ赤に充血した眼と、だらんと下がる舌。それを染める唾液と泡。
壁の模様でも見ているような軽い様子で見るも、直ぐに飽きたのか視線を牢屋に移した。
「貴女は……本当に人間ですか?」
「ん?」
そんな紬を見ながら大学講師の男が呟いた言葉を紬は聞き逃さなかった。
「一応、ヒトとヒトの間に生を受けたから、生物学上は人間のメスだと思っているけど、人間か否かの検査なんて本格的に受けたことが無いからなぁー」
「っ!」
ヘラッと笑いながら云った紬に怒りがこみ上げる。
しかし、それを言葉にすることはできずにワナワナと震えているだけだ。
「私が非人道だと非難したいのかい?君が私的な理由で危険薬物を精製していたことを差し置いて?」
「何をっ……!私はそんなことはっ……!」
「『黄泉』」
ビクッ
紬の一言で男があからさまに肩を震わせる。
「私が未だに何もせずにいるとでも思っていたのかい?未だ何も知らずーーー知らぬが故に只、君を生かしているとでも?」
「ーーーっ!?」
妖艶な笑みを浮かべながら紡がれた言葉は
今まで見せていた威勢を凡て削ぐには充分過ぎるものだった。
「うふふ。何で生かされているのか考える愉しみが増えたんだ。これで、もう暫く退屈しないだろう」
「………。」
膝から崩れ落ちるように座り込んだ男を横目に紬は牢屋の入り口を開けた。
「という訳で、君の番だよ」
「……。」
紬は体格の良い男にニッコリと笑って告げた。