第19章 策動
「「……。」」
山吹が話すのを待っていた中也だったが、俯いたまま目すら合わせない山吹に痺れを切らし
「あっ……!」
その手にあった『指図書』を奪い取った。
「なっ?!」
「……。」
ざっと目を通していると思わず声が漏れ出る。
内容は本日午後3時に行われる、そこそこ規模のある社交パーティへの参加だった。
此処までは良い。問題など特に見当たらない。
『主催者の接待』
中也が声を出した問題箇所だった。
此れ以外の詳細などは記されていないが、
中也は山吹が首領から聞かされ、沈んでいる理由を凡て理解するのに十分な文章ーーー。
このパーティの主催者は、この界隈では中々の商業力を持つ社長だ。ポートマフィアが有する数多のフロント企業にとっても大事なお得意様であるその人物の顔は広く知れ渡っており、商業者だけに留まらず政治家との繋がりもある。そのせいか、多少の悪事も揉み消してもらえる程の権力を有してしまっているのだ。
そんな社長の悪い噂の中で最も聞かれるのが『女性関係』
『彼は大事なお得意様だ。皆まで説明せずともーーー如何いう事か判るよねぇ?』
妖艶な笑みを浮かべて告げた森の顔が、声が。
山吹の頭の中で反芻する。
「糞っ!何で山吹がっ……!」
思わず指図書をグシャリと握り潰して中也が云った言葉に漸く山吹が応じた。
「……中也さんの働けなかった分の損失は大きいから、と」
「!?」
中也は山吹の作戦ミスで負傷した。
その後始末は紬が恙無く行ってくれたのだが、その報告書が上がっているのだろう。
報告書に決定的な文面が無くとも
内容を見れば『山吹の失態により失敗した』のだということに森が気付かない訳がない。
首領は絶対だ。
だが、しかしーーー
「首領の仰った事も正しいし、この処分は当然だと思います。こんな世界だから……仕事だと…分かっているけど…でも……私っ」
山吹が震える声で云いながら、顔を上げた。
「好きでもない…男性と寝るなんて……っ」
「っ!」
中也は必死に泣くのを我慢している山吹の腕を引っ張り、抱き締めた。
「……行くぞ」
「え?」
そして、涙目で紅い顔をした山吹を連れて中也は部屋から出た。