第19章 策動
結論から云えば商談は直ぐに成立したようだ。
初めは座っている紬の真後ろで控えて共に商談を聞いていた部下達だったが、突然、相手方に退室を命じられたのだ。
「何時もは部下を後ろに控えさせたりしていない」と有りもしない事実を述べて。
何も知らない紬はそれに応じた。部下達は反論したが笑顔を返され渋々それに従った。
それから10分程経った後に、紬はニコニコと、先刻部下達に見せた笑顔のまま書類を持って退室してきた。
部下達は気になって男の方をチラリと見た。
何時もならば満面な笑みを浮かべて中也を嫌味たらしく見送る男は、真っ青な顔で震えながら紬を見送っていた。
「あの後、一体何が」
車に乗ってから部下は紬に訊いてみることにした。
「何がって何がだい?」
「あの狸男(中也が命名)が真っ青な顔をして見送るなんて初めての事ですから気になって」
「ああ。私を襲おうとして失敗したから」
「「!?」」
予想だにしていなかった言葉に思わずブレーキを踏んでしまう部下その2。
「うわぁ!安全運転で頼むよ!?」
「もっ……申し訳ありませんっ!いや、しかし!?」
「お怪我は!?」
「頭を座席に軽くぶつけただけだから大したこと無いよ」
「「いや、其方ではなくて!!」」
部下2人のツッコミが重なった。
「ん?ああ、襲われた方?それこそ怪我を伴うような『襲われた』では無いから心配要らないよ」
「「っ!?」」
その言葉の意味を理解出来ないほど、この世界に居る歴はそう短くない。
「何を考えたか想像はつくけれど未遂だから」
サラリと云う紬に少しだけ安堵する2人。
「私を見た瞬間に飲み物を新たに持ってきた。この時点で一服盛ってあることは分かっていたからね」
「「何で口をつけたんですか!?」」
「毒なら死ねるかもーって思って?」
「「……。」」
何でそんなこと聞くの?と云わんばかりにキョトンとした顔で云った紬に返す言葉が出てこない
「最近、あの男みたいに身体を要求する人間がとんと増えた気がするなぁ」
何事でも無かったかのように話す紬の着衣に乱れが無いことだけが、紬の言葉を信じる唯一の証だと判断し、部下達は無言のまま本部へと急いだのだった。