第18章 本心
ハァ……ハァ……。
勢い良く飛び出してきた山吹は化粧室に駆け込んでいた。
好きになっては駄目だ。
丁度良かったではないか。
そう云い聞かせてみるものの、自分の中に芽生えた恋心は芽を出すどころか花まで咲かせてしまっていたという事実の方が脳内を占領してしまい、それによって精製されてしまった黒い感情が凡ての思考を支配してしまっている。
ふと顔をあげてみれば鏡の中の自分と目が合う。
「酷い顔」
真逆、此れほどに惹かれているなんて。
そう思うほどに自覚していなかったのだ。
決定的だったのは2日前。
意識が朦朧とする中で背後から襲われたところを庇ってもらった。
その敵を返り討ちにしたと同時に中也は意識が落ちてしまった。
しかしーー
『手前……必ず…守……』
目は既に閉じられており、怪我も負っていたので既に意識は途切れていた筈だが、確かに中也は山吹にそう告げて抱き締める腕の力を更に込めたのだ。
意識は間違いなく途切れていたのに
顔に熱が集まるのが判る。
そして同時に、先刻のやり取りを知ってしまったよって生じてしまった負の感情が胸に痛みを与えた。
嗚呼、駄目だ。
気付かなかったことには出来ないーーー。
取り敢えず仕事に戻らねばと思いこそすれど行動に移せない。
それに、どんな顔をして紬の元に戻ればいいのかさえ分からない。
恋仲では無いと皆が云っていた。
それでも彼との距離が自分よりも近い位置にいる紬に嫉妬してしまっている。
「どうしよう……」
そう呟いたと同時にポンッと肩を叩かれた。
「うひゃあ!?」
「ごっ…ご免なさい!声も掛けたんですけど!」
「あっ!樋口さん」
何時の間にか隣に居たのは何かとお世話になっている樋口だった。
「太宰さんのところに報告書を持って行ったら、貴女が急に飛び出して行ったから恐らく気分が悪いのだろうと云われていて」
「!」
体調不良だと勘違いしてくれたのか。
山吹は内心、安堵する。
「幹部の粛清に立ち会ったそうですね?」
「…はい」
「そのせいかもしれないから本日は私の業務の手伝いをとの仰せなのですが具合は大丈夫です?」
「あ、はい!大丈夫です!」
願ってもない話しに思わず喜んで返事をした山吹だったが樋口は全く気付かなかった。