第18章 本心
戻りました、と。
小声で入室したのは紬の話し声が聴こえたからだ。
入って直ぐに電話をしていることに気付き、慌てて退室しようとしたが紬に止められた。
「大した用じゃないから気にしないで」と。
そうですか、と答えて書類整理の続きをしようとした時に聞き覚えのある声が山吹の耳に届いた。
『手ッ前!人に押し付ける仕事の算段の連絡を寄越しておいて大したこと無いだと!?』
「五月蝿いなあーホント。それだけ元気なら仕事に来てくれて良いんだけど」
「!?」
間違いないと確信した。
今、紬が電話している相手はつい先刻まで短文をやり取りしていた相手で。
山吹は書類の整理をしている振りをしながら、全神経を耳に集める。
『ーーーー。ーーーー!』
「ハイハイ。それは私に云ったって仕方無いでしょ?首領が決めたんだから」
時折、怒鳴り声が聴こえるものの何を云っているかまでは聴こえない。
もどかしさを覚えていると紬が思わぬ事を口にした。
「で?そこそこ元気なのは判ったけど矢っ張り本調子ではないでしょ」
「!」
声だけで判ったとでも云うのだろうか。
紬の台詞に驚いている山吹。更に追い討ちを掛けるように会話は続いた。
「何か欲しいものあるかい?特別に殲滅案件1つと会合1つで差し入れしてあげてもよいよ」
『ーーー!』
声が聴こえた。怒っているのだろう。
『ーーーーーー。』
しかし紬は笑いながら時折、相槌を打っている。
「それだけで良いの?栄養剤とかは要らない?」
山吹は全身の毛が逆立つような。
ゾワッとした何かに襲われていた。
それだけで良い?
中原さんは太宰幹部に何かを頼んだ?
いや、そんな真逆。
だって先刻、私が訊いた時には……
「ーーーふーん。判った。じゃあそれだけ買ってくるよ」
山吹は部屋から飛び出していった。
バタンッと乱暴に閉まった扉を見届けて紬はクスクスと笑い始めた。
「ほら、中也が意地悪するから愛しの彼女が拗ねちゃったよ?」
『意地悪してンのは俺じゃなくて手前ェだろ』
「愉しいねぇ、ホント」
『思って無ェだろ?』
「うん。勿論、嘘」
中也の溜め息を聞いて、紬は電話を切った。