第18章 本心
ふぅ……。
山吹はロビーまで行き、息を吐いた。
自分には結婚を約束した相手がいる。
なのに、上司に惹かれている自分がいることも事実なのだ。
それまでも、ふとした優しさに心を奪われることはあったが、その気持ちに拍車が掛かったのは2日前。
自分のせいであんな大怪我を負ったと云うのに、仲間が来るまで守ってくれて。
咎めるどころか自分を庇ったのだ。
『恋』が始まってしまったと自覚するには充分だった。
駄目なのだ、好きになっては。
山吹は葛藤していた。
そしていけない、と首を振って仕事の合間に着信が無かったかを確認するために端末を取り出した。
好きになっては駄目なのだ。
今、その上司が隣に居ないのは自分のせいなのだから。
でも……。
そんなこと知らない彼は非難するどころか、相談まで受けてくれて、優しい言葉を掛けてくれる。
『紬とは上手くやれてるか?』
ほら、こんな風にーーー。
思わず緩んでしまった顔のまま『はい、問題ありませんでした』と返事をする。
紬が云っていた様に暇をもて余しているのだろうか。
『そりゃ良かった。あと数時間頑張れよ』
直ぐに返信が来て、更に気持ちが舞い上がる。
もう一歩踏み出したら……
山吹は再び葛藤する。
その一歩が踏み込み過ぎた場合、この恋が終わってしまうかもしれない。
いや、それで良い。本当は好きになってはいけない。
私には将来を誓った人が居る。
でも、今の私はーーー
『食事とか如何されてますか?』
『今朝から食べ始めたよ。少しずつだけどな』
『そうなんですね。何か差し入れしましょうか?』
送信して、思った。
断られたら………如何思うかな、と。
『いや、大丈夫だ。気遣わせて悪いな』
判っていた事だから傷付かなかった。
そう配慮された文面に笑みが溢れる。
『何かあれば遠慮なく云って下さい』
『おう。有難う』
此処まで返信して山吹は昼食を取って紬の執務室に戻っていった。
この数分後ーー。
あんなに行った葛藤は何処に行ったのだろうかと。
ーー『恋』と云うものは自制が効かないものなのだと思い知ることになるなんて。
この時の山吹は思いもしなかったのだ。