第18章 本心
「まあ、疲れてるよね。然して愉しくもない男を見続けてた訳だし」
「「申し訳ありません」」
ところが紬は怒っている様子ではなかった。
と云うより、こんな場面でも何時もの調子のままだ。
先刻の一瞬だけ、恐怖を与えたのみでヘラヘラと笑っている顔は崩れていない。
「どうやら私は次の仕事振られちゃったから、今日は帰って佳いよ」
「「え」」
「長引くかもしれないし、今を逃せばまた帰れなくなるよ」
「「いや……しかし……」」
確かに午後からの休みを約束してくれていたが首領直々に下す仕事なんてよっぽど大変な事なのでは、と素直に頷けずにいる2人。
「書類は遠慮なく溜めておくから気にせず帰っちゃって~」
「「……。」」
あ、納得。
コクリと頷いたのを確認して紬はクルッと方向転換した。
「君は一緒に来給え」
「あっ……はい」
そうして紬は山吹を連れてその場を後にした。
静まり返る地下牢。
充満している血の臭い。
「取り敢えず、コレだけは片付けておくか」
「そうだな」
「コレって……うわっ…!」
椅子の横に黒い布を被せただけの物体の正体に、伝令がビクッとする。
「血の臭いって……この人から……」
「だな」
「じゃ、俺達は帰るから確り仕事しろよ」
「……はい」
こうして中也の部下2名も去っていった。
再び静まり返る地下牢に「引き受けなきゃ良かった」と項垂れる男の呟きが響いた。
「具合悪っ…はぁ。何で死体が……」
「先刻まで居た女性が殺したんですよ。身内のようでしたのにアッサリと」
牢屋の中から大学講師が話し掛けてきた。
「身内なのに……」
椅子に座って薬で苦しんでいる男を見ながら復唱する。
「彼女は偉い人なんですか?適当な感じではありましたが、雰囲気や発言は有無を云わせない程、確りしていた」
「……人間観察が趣味なの?」
「講師なんて職業は常に人の中で生きていますからね。授業の取り組み方や提出物などで人と成りを見極める必要もあるんですよ」
「へぇー」
伝令の男は本当に感心している様子だった。