第18章 本心
「君達が密輸していた危険薬物だよ?『楽園』の他に数種類の薬物をその時々で仕入れていたそうじゃあないか」
取り出した瓶から乳白色の薬液を注射器に仕込み、空打ちを行う。
「君みたいな元一般人でも『新種の危険薬物』の話くらい聞いたことがあるだろう?」
「………。」
男は返事をしない。
カチカチと奥歯がぶつかり合う音だけが響き渡る。
紬は構わずに続けた。
「『理想郷』ーーーああ、その新種の薬の名前なんだけどね。『楽園』をベースに造られてある事だけは判っているんだ」
紬は男に近付いていき、ふわりと笑って頭を撫でた。
そして、注射器を男の首筋に当てる。
抵抗するのではと誰しもが思う中、
「止めてくれ」「死にたくない」「嫌だ」
そう口にするだけで男は微動だにせずに注射を受け入れたのだ。
「まあ『理想郷』の作り方なんて知らないから、此れは君達の仕入れていた薬『凡て』を、私が適当~にブレンドした特別薬物だよ!」
愉しそうに云った紬の言葉に反応したのか。
牢屋の中に居た男がガシャと柵を掴んで声をあげた。
「そんなっ…!どんな薬でも用法用量を守らなければ大変な事にっ……!」
そう云った瞬間に、男がもがき苦しみ始めた。
「うーん。結果がよかったら商品化しようと思ったけど此れは失敗かなあ?『理想郷』は幻聴幻覚の症状はある様子だけどこんなに苦しんでないようだし」
「貴女はっ……これは立派な犯罪ですよ!?」
漸く男の言葉が紬に届いたのか。
目の前でもがき苦しむ男から視線を移す。
「犯罪、ねえ」
ゾワッとした何かが一瞬でこの場を凡て、支配する。
今までずっと固まっていた山吹ですら覚醒するほどの何かを紬が放ったのだ。
「私は彼が密輸した薬が如何なるモノか、知りたかっただけだよ。それを表に流すなら勿論、どんな効能があるのか、どの程度が害を及ぼすのか、君が云うように用法用量は守らなければ大事に至るからね」
「だったら…!」
「そんな彼等は、それが社会に如何なる影響を与えるかを知らず、金のために薬を仕入れて流した。保たれてた筈の世の均衡は崩れてしまうほどに。ーーー用法用量を守らなかったのは私ではなく彼の方だよ」
「……っ」
口をつぐむ。
一方的ではあるがーーー正論だ。