第17章 芽生
「あ、そうだ中也」
コトリとグラスを置きながら思い出したことを口に出す。
「何だよ」
「君の秘書君、昨日全く見なかったんだけど」
「ああ、その事か」
再び料理の手を動かしながら中也が答える。
「俺が帰った後、大分脅かしたらしいじゃねえか」
「え?あの程度で怯えたって?冗談でしょ」
「あの程度がどの程度かは知らねェけどよ。取り敢えず、『1日会わなきゃ、彼奴は綺麗サッパリ忘れてるから今日だけは全力で避けろ』って云っておいた」
「ふーん。ってことは今日は顔出しに来るってこと?」
「嫌なら止めとけって連絡してやるよ」
「如何でもいい。どうせ何時も通りに出来ないのは何時でも相手の方で私じゃあない」
ツマミをつつきながら云う紬に中也は「云うと思った」と溜め息を着く。
「にしても『重体で休養中』だと云うのに随分とマメに連絡を取ってるんだねえ」
「あ?……ああ!?手前ッ!なに人のスマホ覗いてやがんだ!?」
「見られて困るモノでも入っているのかい?」
「手前が絶対に揶揄う程度のやり取りは残ってんだよ!」
丁度、卵焼きを作り始めたため取り返すことが出来ず、口だけで制止を試みる中也だが
「へえー!それは良いこと聞いた!ねえ、治」
「蛞蝓のやり取りなんて見ても………ぷぷッ。なんだいこのやり取り。青春真っ只中のお子様が使う口説き文句じゃあないか!」
「げっ!太宰まで!?いつ起きてきたんだよ!何時もの手前ならまだ就寝時間だろーが!まだ寝てろ!今すぐ寝台へ戻れ!」
何時の間にか起床して紬の隣に座っている太宰まで紬と一緒に自分の端末を覗き見て笑い始める始末に手遅れだと判りつつも抗議する。
一頻り双り仲良く中也を揶揄い終わった頃に出来上がった料理をテーブルに並べ始める中也。
「あー笑った笑った。あ、卵焼き♪」
「……そりゃ良かったな……って未だ食うなよ!?米と味噌汁よそってくるから」
ピーピーとタイミング良く鳴った炊飯器に向かう中也を見ながら太宰は小さく息を吐く。
「大分、調子が良くなったみたいだねえ」
コクッと頷いた紬の頭を撫でる。何だかんだで太宰も心配していたのだろう。
紬が落ち込んでいた、と云うのもあるかもしれないが『元』相棒という深い縁で繋がっているのだから。