第17章 芽生
それから僅か1時間後ーーー
先程、楽しい思いに浸っていた自分が悲しくなるほどに張り詰めた空気しか流れていない部屋で、泣き出しそうになるのを必死に堪えていた。
「それ、違う」
「この束は中也の机に置いてきて」
「何これ。これくらいも自分達で始末つけれないわけ?」
「不備だらけ、やり直し」
「1から10どころか100まで説明しないと理解できないの?」
「何を如何したらこんな失敗出来るのか解らないのだけど。説明してくれるかい?」
普段、中也が行っている業務の凡てが紬にまわってくるため、何時もの倍以上の来訪者に紬の機嫌が最悪に達してしまった様だ。
初めて紬の執務室を訪れた者も何人か居るのだろう。
その連中は悉く顔を青に染め、涙を浮かべ、震える手足を頑張って動かして退室していった。
中也に指示されて雑用をしている部下2人だが、紬がこのように働く姿を見たことは無かった。
何時もは中也の執務室にあるソファに横になって書類を詰まらなそうに扱っているだけ。しかも、見ているかも怪しいほどだ。
中也も中也で、文句を云いつつも紬のその仕事振りを許容している(多分、諦めが9割)様子であった為、特に何も気に止めていなかった。
太宰さんが真面目に仕事するとこうも早いなんて……普段の書類の山は一体、何だろうって思うよな
大方、中也さんに対する嫌がらせだろ。しかし、幾ら早いと云えど、これじゃあ精神が先に壊れるぞ……
確かに……。
「君さあ、やる気ある?」
「っ!?」
あ。その人にその言葉は……。
まともに呼吸すら出来てないけどあの人、大丈夫かよ。
いや、ありゃ怒りでだろ。
あー………。プライド高いもんな………あの人。
企画書らしき紙を詰まらなそうにパラパラと見ながら云い放った声に、男は本日の来室者の中で初めて顔を青ではなく赤く染めた。
その男は紬よりも一回り以上、歳上。中也の部下たちと殆ど変わらない年齢だ。
幹部昇進も目前と囁かれている「準幹部様」で、その位置に若くして君臨してからは、それまで世話になった筈の先輩に対してでも傍若無人な振る舞いをする事で有名だった。