第17章 芽生
「君達は中也が心配かい?」
「「当然です!」」
即答されて一瞬、キョトンとする紬は直ぐに笑った。
「まあ、私も万全でないということくらいきちんと理解しているよ」
パタン、と予定帳を閉じて懐に仕舞う。
「あの仕事莫迦のことだから起きても帰って休むことなどせずに、デスクワークを始めようとする」
「えっ……」
そんな、と云いたいところだが。
紬の云う通りに自分達の上司が行動する様が瞬時に思い浮かんだのは、それが何時もの事だからであろう。
そして、一度そうなれば中也の身を案じている自分達部下の言葉など聞く耳を持たなくなることを2人は知っていた。
「そう云えば君達に褒美を、と思っていたところなのだよね」
「「……?」」
何でだろうか。
2人はポカンとする。危うくハンドル操作を誤るほどに驚いていた。
「君達の願いを1つずつ……と云いたいところだけど『この件の後始末』で1カウント」
確かに。
理由があったにせよ任務に失敗したのだ。自分達の慕っている上司が凡ての責任を引き受けることは明白だった。その咎めが無くなるなんて褒美としては充分過ぎた。
「あともう1つ。2人で決めても良いし、どちらかの望みでもいいよ」
何がいい?、と。
愉しそうに笑う紬には、彼等が出すであろう願い事を既に判っているかのようだと思ったのは芥川だけだろう。
暫く考えた2人はコクリと頷き合った。
そして、助手席に座っていた男が口を開いた。
「中也さんに最低でも3日……纏まった休暇をお願い致します」
「!」
その願いを聞いて芥川がピクッと反応した。
「おや、そんなので良いのかい?望めば金でも権力…私の席でもあげるよ?」
「そんなのは要りません。どうか中也さんを休ませて下さい!」
芥川は的中したな、と心で呟いた。
紬が普段使っている予定帳とは異なるソレを「真剣に」見ていた理由も説明が付く。
「うふふ。中也は良い部下を持ったねえー。約束しよう。どんな手段を使っても中也を云いくるめてあげる」
その言葉に2人は喜んで、漸く笑顔になった。
「凡ては貴女の掌の上、ですか」
「ふふっ、何のことやら」
小声で会話をする。
少し寒気を覚えた芥川は小さく息を吐き、さして興味もない外の景色を眺めることにしたのだった。