第17章 芽生
時刻は巡り午前7時ーーー
どうやら今は1人しか居ないようであるこの静かな空間にコツコツと足音が鳴り響き、その1人の住人は何もない床に寝そべっていた身体を起こした。
何時もと違う事に気付いたのだ。
「食事だ」
「どうも有難う」
そう云って渡してきたのは何時もの若い男ではなかった。
「……態々2人で食事を運んでくるなんて珍しいですね?」
そう。
何時もの若い男もその後ろに居るのだ。
それなのに別の人間と共に現れたという何時もとは違う状況に男は動揺している。
「特に理由がある訳じゃない。興味本位だ」
しかし、精一杯の力を出して平常心を保ちながら紡いだ言葉のお陰でその事を悟られることは無かった様で内心ホッとする。
「私みたいな何の取り柄もない男に興味なんて」
くすりと笑いながら言い返せる程に男は落ち着きを取り戻していた。
「『上司の相棒であるお方がアンタを生かしている』と云う事実に興味があるだけで、アンタ自体に興味はないよ」
そう云ってその場を離れた男は、中也の部下の内の1人だった。
「では態々、2人で来る必要などなかったんじゃ?」
「彼奴は仕事をサボったって言われないように付いてきただけだよ」
男の言葉にコクコクと頷く男。
此方の男も、最近よく紬に伝令を運ぶ若い男だった。
つい先日。
伝令を運ぶ仕事の他に、目の前にいる『捕虜』の世話を紬に任された。
ーーー偶々、何かの伝令を運んだ時に世話役を捜していたからという理由で、だ。
適当に決められたとは云え、男は新入り。
ここで成果を上げれば目の前の先輩のように上司にーーー。
紬に目を掛けてもらえると。
喜んで返事をした。
だから、ついてこなくても善いと云われたのに先輩に付いてきたのだった。
「戻るぞ」
「はい」
中也の部下に云われて伝令の男は返事をした。
「ああ、待って下さい!『例の薬』について何か判ったことはあるんですか?」
無視して歩く2人。
が、
「あっ」
「確りしろよ」
伝令の男の靴が脱げた。
新入りと云っていた。
靴が未だ馴染んでいないのだろう。
先輩は呆れながらも後輩が靴を履き終わるまで待った。
「済みません」
恥ずかしそうに謝ると男は脱げた右足の靴をトントンと綺麗に履き直し、質問に答えることなく去ったのだった。