〖イケメン戦国〗新章 燃ゆる華恋の乱❀百華繚乱伝❀
第28章 《桃源郷物語》華音-Kanon-❀豊臣秀吉❀
次の日の朝。
まだ空が霞んでいる時間―……
美依の身支度を手伝いながら、何度目かの小さな息を吐いた。
帯を結んでやり、仕上げに額に唇を押し当てる。
すると、美依ははにかんだように可愛らしく微笑んだ。
「ありがとう、秀吉さん」
「ああ、今日も可愛いな」
「ふふっ、ありがとう」
「俺は宿主に話があるから、先に宿の外で待っていてくれるか?すぐに行くから」
「うん、解った」
美依が頷いたのを見て、その細い手首を握り。
最後に一度、胸に引き寄せた。
そして、頬を上げさせ唇を奪う。
甘い甘い美依を堪能するのも……
これで……最後。
(愛してる……美依…………)
ありったけの気持ちを込めて口付ける。
こんな俺を好きになってくれてありがとう。
真剣に逃げようと言ってくれて、ありがとう。
お前が忘れても、俺は忘れない。
お前の気持ちを……忘れない。
「……ほら、もう行け」
ちゅっと音を立てて唇を離すと、美依を外へと促した。
美依は照れたように笑って小さく頷き……
踵を返して扉へと手を掛けた。
「じゃあ、外で待ってるね、早く来てね」
「ん、解った……後でな」
「はぁい」
────キィ……パタンッ
美依が出ていき、軽い音を立てて扉が閉まる。
それだけで、もう。
二人は二度と交わらない己の道へと戻って行く。
虚ろな瞳で扉ばかりを見ては。
夢のまた夢のような昨日の情事が思い出され。
全てが夢の跡のように。
怠い身体と甘い記憶だけが、この身に宿り……
二人の思い出は、『俺だけ』の思い出となった。
一方、美依は。
宿主に挨拶をし、宿を出て二、三歩進んだ所で。
不思議そうな表情を浮かべて首を傾げた。
「私、どうしたんだっけ?」
確か、秀吉と宿の下見へと来て……
そこからの記憶が抜け落ちてしまっている。
肝心な秀吉の姿も無い。
唸って頭を捻っても思い出せず。
少し気怠い身体を引きずり、とりあえず安土城へと向かう事にした。