〖イケメン戦国〗新章 燃ゆる華恋の乱❀百華繚乱伝❀
第28章 《桃源郷物語》華音-Kanon-❀豊臣秀吉❀
『桃源郷』と呼ばれたその宿は、城下外れにひっそりと佇むようにあった。
寂れた外観、少し異様な雰囲気を醸し出し……
胡散臭いとしか言えないが、これから美依と結ばれる場所だと思うと、そこは天国に思えた。
「いらっしゃいませ、お待ちしておりました」
中に入ると、小柄でいかにも怪しい雰囲気の女が出迎えてくれた。
つま先まで隠れる異国の服。
長く艶やかに波打つ髪に、肌は真っ白で唇だけが紅く妖艶に光り……
鈍色の大きな瞳が、何もかも悟ったかの様にこちらを射抜いていた。
「秀吉さん、なんでこんな所に……?」
少し様子を怪しんだ美依が、秀吉を見上げ心配そうに尋ねた。
秀吉は美依を安心させるかのように頭を撫で、細い髪を絡めながら言う。
「宿の下見を頼まれていてな。最近出来たばかりの宿なんだが、一人じゃ来づらくて」
「なんだ、そうだったんだ。早く言ってくれればいいのに」
「ふふっ、ゆっくりしていって下さいね」
女は二人にくすくすと笑いながら近づき、そのまますっと何かを美依に差し出した。
「良かったら、この宿名物の万華鏡を覗いてみませんか?」
女の手に握られている、その小さな万華鏡は。
艶やかな朱に、金と黒で桜の模様が描かれた……
今までに見た事がない、異様な雰囲気を醸し出していて。
秀吉はこれが例の『忘却の万華鏡』だとすぐに気がついた。
(覗いたら最後、宿での記憶を失くす、万華鏡)
思わず、ゴクリと唾を飲む。
光秀がこの宿に視察に行き、説明を受けたと言っていた。
それは覗くと、覗いた瞬間から宿を出るまでの記憶を、一切失くす事が出来る、と。
本当にこんなもので、全て忘れるのだろうか──……
「綺麗な万華鏡ですね、拝見します」
美依はなんの疑いもなく、その万華鏡を受け取り……
そして、少し笑みを浮かべながら、覗き込んだ。