〖イケメン戦国〗新章 燃ゆる華恋の乱❀百華繚乱伝❀
第28章 《桃源郷物語》華音-Kanon-❀豊臣秀吉❀
(しゅう…げん…………)
その時、鈍器で後ろ頭を酷く殴られたような衝撃に襲われた。
頭の中が真っ白になり、なんの言葉も浮かんでこない。
「秀吉?」
信長から不思議そうに名前を呼ばれても、反応する事が出来なかった。
しかし──……
ただ、飾りのように。
身体に染み付いた忠義と言う名の柵から。
放たれた台詞は、たった一言だった。
「オメデトウゴザイマス、オシアワセニ」
桜が綺麗に咲いていた。
その桜と同じような桃色に頬を染めて、俯く美依。
恥じらう表情も、ただ呆然と見ていた。
ただ──……
正式に美依を諦める時が来たのだ、と。
それだけが、妙に冷静に。
頭の中で、悲しいくらいに響いていた。
────…………
その日の夜更け。
秀吉は一人脇息にもたれながら、独り煙管を吹かしていた。
何も哀しむ事はあるまい。
何よりも大切な主君が、愛する女と結ばれる。
それだけの事だ。
その女が、自分にとっての想い人だとしても。
「美依……」
思わず口にした、その名前を呼ぶ事すら……
もう許されない気がした。
膨らむに膨らんだ、美依への想い。
駄目だと解っていても、想う事を止められなかった。
禁じられた恋慕の行方など、解っていた事なのに。
何故……こんなにまで、痛い──……
『秘密裏の情事を交わす宿だと。その宿の記憶は、一切失われるらしい』
その時だった。
いつだったか光秀から聞いた言葉が、頭の中を過ぎった。
『桃源郷』
それは、安土に最近出来た、いかにも訝しい名前の宿。
光秀の調べによると、叶わない想いの情事を、秘密裏に承る宿なんだとか。
その時は馬鹿らしいと思った。
秘密に、想い人を犯すなど……
それはやってはいけない、禁忌だと。