〖イケメン戦国〗新章 燃ゆる華恋の乱❀百華繚乱伝❀
第92章 君が傍にいるだけで《後編》❀織田信長❀
「信長が台所に立つなんて、何か言われませんでしたか…?」
「家老には反対され、女中は絶句していたな。だが、関係ないだろう。貴様に飯を食わせたかった、それだけだ」
「信長様……」
「口を開けるが良い、きっと美味い」
俺が促すと、美依は少し躊躇いがちでも、素直に口を開けた。
加減を見ながら粥を口に流し込んでやれば、美依はもぐもぐと口を動かし、ゆっくり飲み込んで。
そして、ふっと息をつくと……
目元を緩め、優しい表情になった。
「美味しいです、ありがとうございます」
(……少しだけ、表情が和らいだか)
久しぶりに美依の笑みを見たような気がして、俺も思わず笑みが漏れた。
ずっと何か張り詰めたように……
厳しく、暗い顔つきだった美依。
俺が飯を作れば、美依も笑う。
そして、美味いと言って、それを食う。
ならば──……
これからは頻繁に台所に立ってやるとしよう。
美依のために少しは役に立てる事があるならば、それに勝る喜びはない。
「さぁ、もっと食うが良い。食わせてやる」
「じ、自分で食べられますよっ……」
「俺が貴様にしてやりたいだけだ」
「うー……」
「口を開けろ、美依」
────そうして、その日
美依に飯を食わせながら
無償の愛を注いでやろうと思えるなんて、俺も変わったものだと。
改めて己自身の変化に、驚きを覚えた。
たった一人の女に、こうして尽くしてやろうなど…美依に出会う前には考えられなかった事だからだ。
軽い命はないと知ってはいても……
これほど重い命の存在に出会えたのも、何かの運命だとそう思う。
そして、それは連鎖を生む。
命は繋がれ……
守る存在が増えたのだから。
「美依」
「はい」
「あまり気に病むな、俺がついている」
「……はい」
「何かあるならすぐに申せ、些細な事でも…話を聞いてやる」
「……ありがとうございます」
そんな会話も、その日美依と交わした。
しかし──……
この時、俺はまだ知らずにいたのだ。
美依の『心の闇』が奥深くに根付いている事に。