第12章 ハピファミ!12
少ないながらもしっかりと固定客をつかんでいるから、これでもやっていけているのだろう。
ちなみに、先ほどの会話にあの態度の悪い先輩店員は加わっていない。
というか、途中から姿を見ていない気がする。
果たしてそれは―――残念ながら気のせいではなかった。
「何してるんですかね、この人は……」
「……くか~……んぐ~……」
岡内くんやエナさんと居たカウンターからは死角になっているテーブル。
それに突っ伏して寝入っているのは、今はまだ仕事中の身である筈の男だ。
しかも酒臭い上に、うるさくイビキまでかいている。
いくら暇とはいえ、ここまで堂々と隠れもせずに仕事場でサボるとは思わなかった。
なんてことだ。この男、自由にもほどがある。
少しばかり気を引きしめた方がよさそうだ……そう思い、ワタシはテーブルを拭く為に手に持っていた布を、男の顔面にピッタリ張りつけてみた。
丁度良い具合に湿ったそれは張りついた顔との間に隙間をいっさい与えず、空気というモノを寄せつけないどころかイビキのために開いた口や呼吸しようとした鼻の穴へますます吸いついていく。
とつぜん息ができなくなって苦しいのだろう、ゼヒーッゼヒーッという耳障りで危険な音が彼の口辺りから発された。
さすがにこれ以上はヤバイ。
タイミングを誤りうっかり殺人犯になりたくはないので、布をどけようとした瞬間。
「ぶほぁ!?」
「っ!!」
「げほっ、はぁー、はぁ、うぇっ、げほっ、はぁ、はぁ……」
「…………」
顔に張り付いていた布を勢いよく吹き飛ばし、ガバッと男が起き上がった。
あれだけ熟睡していて、よく自力で危機的場面から脱出できたものだ。
その部分だけは素直に称賛してもいい。
素晴らしい肺活力ですね、あの布の吹き飛びっぷりはお見事でした。
激しく肩で息をしている男の様子をのんびり眺めていると、なんとなく状況を察したのか涙目で睨んできたので、サラリと無視して落ちた布を拾い背を向けた。