第8章 ハピファミ!8
再び沈黙に包まれた空間が痛々しくて、もうどうでもいいから早く帰ってしまおうとオカウチ少年に向かって「さよなら」の言葉を投げようとしたとき。
先にオカウチ少年が口を開いた。
「なんで、敬語なの?」
「は?」
「同じくらいの歳なのに、なんで僕にもそんな話しかたなの?」
「ああ、これは癖なんです」
「くせ?」
「はい。だから誰が相手でも、自然とこんな口調になってしまうんですよ」
「親でも?」
「はい」
「友だちでも?」
「はい」
変なの、変わってる―――そう言ってまたオカウチ少年が笑う。
変と言われるのには慣れているし、確かに自分でもこんな子供がいたら変だと思うので、気にはならなかった。
それより何より、オカウチ少年が笑ってくれたことが妙に嬉しくて。
口元どころか、顔全体が緩んでくる。
「また、ここに来る?」
「はい。お菓子、おいしかったですから」
「あははっ、おかし目当て!」
「いやいや、今度はちゃんと買いますよ。妹にも食べさせたいですから」
「妹、いるんだ?」
「はい!すごく可愛くて、とっても優しくて素敵な女の子なんです!」
思わず拳を握って力説したら、またおかしそうに笑われた。
オカウチ少年の笑いには人を馬鹿にしたような含みは全くないのがわかるから、笑われても悪い気分はしない。
むしろこちらにまで楽しい気持ちが伝わってくる。
「あ、そろそろ帰らないといけません」
「そっか……」
「また今度会いましょう、オカウチナオキくん」
「っうん!またな、わたる」
「はい!」
照れたような笑顔を見せ、走り去っていくオカウチくん。
密かに「爽やか少年」とアダ名をつけつつ、脳内で漢字変換できなかった名前を、今度また会ったときにでも教えてもらおうと思った。
それから赤から紫へ暮れはじめた空に焦って、ワタシも走って帰った。