第5章 その樹海は彼女の庭/甲斐
彼女は化粧ですこしおとなっぽく見えるが、見覚えのある制服すがたで、他中の女子だとわかった。黒いスカートは極端に短く、耳にはピアスホールがいくつか開いていた。
そしてだれかを待っているのだとも、甲斐にはわかったのだ。
なんとなく売春の相手を待っているとさえ、わかった。理屈も根拠もなく、おなじ中学生としてよくわかる。
「ボール…」
下睫毛のマスカラが物憂い顔で、彼女はつぶやいた。
「はあやぁ、テニスボールばあ」
甲斐が持ったままのラケットを見て彼女は納得した。
「そうやっし」
「見てくる」
「あいっ、いちゃんだなんじ…」と甲斐が止めるまえに、彼女はピアスを揺らして御嶽へ消えていった。
どのくらい経っただろう。御嶽の大気を見つめていた甲斐にはそれがわからない。周囲の夕闇を暗いとも、まだ明るいともおもえなかった。
そして見知らぬ女子中学生は、緑がかった黄色いテニスボールを、手のひらに握って出てきたのだった。
「はっさ!助かったさー」
闇からふたたび現れた彼女の足もとに、なにかちいさなものが、ふわふわと転げ回っていたように見えたことを、甲斐は頭から追い出そうとするとともに、彼女の手に触れないよう、ボールを受け取った。もし、触ったはずなのに「触れなかった」らどうしようかと、本気で心配だったから。
「だあ」甲斐が踵を返せば彼女は高く声をあげた。
彼は衝動的に立ち止まる。
「その道は通らないほうがいいやっさ」
「判断」だ。
―――甲斐は、来た農道とはべつの方向に道を変えた。背後の彼女と御嶽の不気味な神聖さから、逃げるようにして。彼はもう振り向けない。
☆
判断「はんじ」は、ユタやノロという巫が、異界とつながることで授かる占いの結果のことです。しまんちゅにとって、神事は表向き迷信とされますが、いまでもいろいろな事柄で最終的にはんじを頼りにする場合があるようです