• テキストサイズ

テニプリショート

第5章 その樹海は彼女の庭/甲斐


「やーあまんそばでひっちーあしどんやっし。無事でよかったばあ」

昨晩蓬たっぷりのヒージャー汁を作って待っていたおばあは、朝、新聞を見ながらそうこぼした。

甲斐が最初に通ろうとした農道のさきで、あの時刻ごろ、米兵が銃を乱射する事件が起きたのだ。


おばあは取り立てて騒ぐふうもなく、もうフラフラするなとさえいわない。なにもかもしっているとばかりに落ち着いた態度だ。孫が無事だったのは、あたりまえだというふうに。それで、甲斐は仏壇に供える花を用意しようと立ち上がったおばあのあとを着いていき、昨晩のことを彼女にだけ、ぽつぽつ洩らした。

おばあはいう。

「せーだかんまりぬいなぐだ。うぬっちゅに一度会ってみたいやさ」





おばあに話してしまえば、あの御嶽にたいする過剰な恐れは消え、甲斐は部活のあと、軽い足取りであの女子中学生を探しに行ったが、その辺りのどこにもすがたが見あたらなかった。
「そう都合よくいんか…」

代わりにというのでもないが、林の木々に甲斐はありがとね、とつぶやく。









  ☆


おばあのセリフはそれぞれ「おまえはあそこのそばで、いつも遊んでるよな。無事でよかったよ」「ふしぎな力のある女だ。そのひとに一度会ってみたいね」というような意味

おばあのいう、「せーだかんまりぬいなぐ」とは「性高い生まれの女」。異界とつながる才能ある女性ということです。せーだかんまりであることがユタやノロの最低条件とされるようです

沖縄では女性はいくらか神に近く、ユタやノロでなくとも、高齢の女性は特別に尊敬されます。しまんちゅにとっておばあのいうことには逆らい難い重みがあります。それで甲斐くんはまたヒロインを探しに行くのです

ところで沖縄では売春がとても身近ですが、それにはこうした女性の神聖視が関係しているのではないかとおもえています
沖縄の子どもの貧困は深刻です。とはいえ、それが売春を選ぶ理由にはならないでしょう。沖縄独特の観念がそこにはあるはず
本土の遊女が白拍子というシャーマンを起源にもち、悪所のおおくは寺社の門前町から発展しているように、どの文化においても、性と聖は紙一重でしたから、御嶽の林と売春中学生とは、奇妙な親和性をもつかもしれないとおもいました
/ 21ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp