第5章 その樹海は彼女の庭/甲斐
新垣と練習をしていると、ロブがおおきく上がって、ボールがどこかへ飛んでいった。
「あいひゃー、数すくないボールが!どこ行きました?」
「あまぬ林がガサッて揺れたばあ…」
烏が飛び去っただけかもしれないが、ラケットを背中に当てて、甲斐はその方向を見上げた。
きょうも沖縄は肌を重くするような湿度で、垂れ込めるような曇り空は低い。そのしたの、葉もまばらな林のシルエットは、蒼い夕方の空気の向こうに儚く溶け込むように見えた。
甲斐はそうした光景を眺めながら、ぽつりという―――わんもう帰る。
「晩飯ヒージャー汁やしメールよこされたさ。わん拾っとくから、新垣やーちゅいその辺片づけて帰えーれー」
そうして、甲斐は無造作に鞄を拾い上げ、ひとり、家々の奥のその林に向かって駆け出した。
それが民家の庭木であればいいと、甲斐は念じつつ農道を走る。
「やっけー…なんじだばあ」
林の木々はまばらだが、内部は蒼い空気が深く重く、そこだけが大気の質量がちがうかとおもうほどで、見通しがわるい。ボールが見えないかどうか、木々の周りを回っていると、やはり、とおもう。見通しはわるいがすくなくともこのなかに、家はない。
御嶽だ。
もと来た通りへ出ようと甲斐はこころなしか気が急く。しかし彼は、林を一周するまえに立ち止まった―――そのとき、人影を見たのだ。
「……だあ、この辺でボール見なかったかやー」
気まずかったが、声を掛けることにする。目が合ってしまったから。
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ヒージャー汁はやぎ肉を塩味に煮たごちそう
御嶽は「うたき」と読みます。その村の神々の依り代で、林に守られています。女性しか立ち入れない場合がおおいようです