第7章 昏い楽園/真田🚹
埠頭に汽笛が届くと、まちは振り返り、数日ぶりの顔を見せた。
「ああいわれて、夢みたいだったよ」
「まち、俺は…」
なにをいっても悲しませるだけなんじゃないのか。そんなおもいに、脚のない子どもは口ごもる。
「だけど、その裏では、よくもそんなことがいえるな―――って掴みかかりたくなったよ。酷いじゃないか、子どもに、あんなこというなんて」
まちは口調とは裏腹に、その静かな横顔で、黒く深い海を眺める。ことばは水面へと溶けていく。「俺は……たとえば、この海を渡るっていうんじゃなくて、ふたりでこの海に身投げしようとでもいってもらえたほうが、ずっとうれしかったんだろうな。わるい、弦一郎」
ふたりが海に呑まれるところを、俺はありありと想像した。
海底で、全身を黒い水に侵され俺はおもう―――この世のだれが、恋をして幸せになどなるものだろうか。
俺もまた、男に恋をしてしまったと認めた、あの決定的瞬間から、すべての希望をかなぐり捨てていた。
それなのに、俺は「幸せにする」などといったのだ!同性婚を認める国であろうとどこだろうと、愛は、平穏や安定などとは正反対のものだ。生きた変化なのだ―――そう気づいてももはや、まちに駆け寄る脚さえない。
「…また、いつか、プロポーズさせてくれないか、まち」愛するひとを悲しませることしかできない子どもの、それが精一杯のことばだった。
そのときがもし、来ることがあれば俺は伝えるだろう。幸せにする、などというこのうえなく酷いことは、二度というものか。
これが己の恋の唯一の願いだ。
―――まち、俺とともに、地獄に堕ちてくれないか。
☆
ほかのキャラに「男同士でも結婚できるならアメリカ行こうぜ」といわれれば冗談乙というカンジですが、それが真田なら悲痛極まるな、とおもい書いてみることにしました