第6章 萼も葉も茎も棘さへうつくしく在る/幸村
ふと繋いだ手が離れ、彼はわたしを立ち止まらせるけれど、だれもいないバラ園のなか、彼の表情が見えなくなっていった。
「 … 」
ゆらゆらとしたその闇のなかでわたしはおもっていた。男のひとというのは、驚くような早さで、去ってゆくものだ。「そっか、男が恥を忍んで告白したのに無下にするんだ。こっちだって、ただの遊びだ、オマエになんて惚れてるわけないんだよ。勘違い女ばっかりでいやになる」ろくに別れもいわずに足早に去る、彼らのうしろ姿だけが、そう語るのだ。
なのに、このひとはまるで、そんな捨て台詞も忘れてしまったかのようだ。
「まち」
ポロポロ泣き出したわたしに、恋人はキスをした。
「俺はまちのこと、すきなんだよ。それはきみがいつも上機嫌だからってわけじゃないんだ、もちろんだけど。おもしろいことがいえるからとか、気がきくからとか、そんな理由でもないんだよ」
恋人の目のまえで、しかしわたしは不意に光を感じ、周囲のバラたちがそのとき、やけに瑞々しく、目に飛び込んだ。
わたしははじめてその花を目にしたかのように、ただしげしげと、バラ園のようすを観察してしまうばかりなのだった。