第6章 萼も葉も茎も棘さへうつくしく在る/幸村
道中、わたしの話を地上175センチの高さから、彼は楽しそうに聞いてくれる。わたしはまるで母親に取りとめもない話をつづけるちいさな男の児になった気分だ。
でも、きょうのふたりは、仲良し親子ではなかった。
ごくたまに、その微笑に苛ついて、どうしようもなくなってしまうこともあるから。なぜこのひとは笑っているのか、そもそも、なぜこうして連れ立つことになってしまったのか―――
そんなときわたしのできることは、ただ、帰ってしまうことのみだ。
「わたし、わるいけれど帰るわ…」
「どうしたんだい」
「いいえ。なにも…」
なにもことばにすることはできない。
ただ、気分が優れないの、とひとこといってしまえばいい、それ以上の正当な理由などあり得ないのに、そのことが、ひどくうしろめたかったのだ。理不尽に惨めに打ちのめされたわたしは、駅へ足を向けることさえも、できはしないありさまだ。
「朝起きたとき、きょうは気分が不安定になる日だと予めわかればいいのに」怒りをぶつけるアテを探しながら、わたしはそんなことを真剣にかんがえだした。
もしそうなら、いつもデートプランを立ててくれるこのステキな恋人に、突然「帰る」などと幼児のようなことをいって、呆れられることもなく、朝のうちに、ただ電話で、「行けない」としらせるだけで済んだというのに。
「俺、もしかして、フラれたのかな」
となりで、辺りの花の香りに顔綻ばせていたはずのわたしの優しい恋人が傷ついていようと、そんなことはとるに足りない。