第26章 峠
「ありがとう。」
「何が?」
「美波を育ててくれて。」
「そんなの…当然じゃない。」
「美波は良い子だよ。
愛嬌は無いけど、芯が通っていて早織にそっくりだ。」
「母娘は変な所ばかり似るものよ。」
「いや、感謝してる。」
「あなたこそ、音楽続けてくれてて…嬉しかった。」
「言っただろ?
“ロックスターになる”って。」
「うん。本当になっちゃったから。」
「音楽の夢は全て叶えたよ。」
「あなたが…アイヴィーがどんどん売れていくのを見て、本当に別れて良かったて思った。
私には“ロックスター”の妻は無理だったから。」
そう話し終え、メニュー表へと視線を落と早織の頬が、わずかに緩んだ気がした。
「私は紅茶にしようかな。」と言い、小さく手を上げてウエイターに注文をする。
その横顔は、やはり最後に見た20代の姿とは違っていた。
短く整った爪をしているが、その手には薄っすらとシワがある。
俺達が離れていたこの26年。
互いの姿形を変えるには充分すぎる年月だ。