第26章 峠
運ばれてきた紅茶をひと口飲み、早織は窓の外を見た。
あと1ヶ月もすれば、北国にも遅い春が訪れる。
子供の頃から春がやってくると胸が踊った。
桜舞い散る春。
自分が日本人である事を知らせてくれているようだ。
「あのさ…」
「何?」
「もっと年を重ねて、お互い意地だとかわだかまりとか…そんな変なプライドが無くなったら、その時は一緒に暮らそう。」
俺の言葉に、早織は目を丸くした。
そして、直ぐに眉をひそめる。
俺からしてみれば一世一代のプロポーズだった。
まさか同じ女に2度もプロポーズするとは思ってもいなかったが、俺が早織と別れてからいつも思い描いていた俺の夢だった。
「嫌に決まってるでしょ。」
早織はそう言って笑いながら、再びメニュー表へと視線を落とす。
軽くあしらわれてしまった。
言葉も出ない。
早織はメニューの中からカルボナーラを選んだようだ。
「一緒に暮らすのは嫌だけど、たまに食事くらいなら付き合うわよ。」
2021年3月10日
夢は夢のまま、こうして二人で笑いながら過ごす時を心に刻んだ。
【峠】