第23章 過去の女
「きっと、あのまま俊二と付き合っていたら…私も潰れていたと思う。
今のキャリアがあるのは、あの時の決断があったおかげ。」
「それは…」
「私は、人生の全てを“女優・神田美咲”に捧げたの。
結婚でさえも。
後悔なんてしない。
そう思って、無我夢中で…この仕事を続けてきた。
でもね…」
そっと顔を上げた神田美咲の瞳には涙がたくわえられていた。
黒目がちな大きな瞳。
瞬きをした瞬間、一滴のしずくが頬を伝った。
長いまつ毛がわずかに濡れる。
これほどまでに美しい泣き顔を…私は知らない。
「私の中には常に俊二がいるの。
笑っちゃうでしょ?
あんなに傷付けた俊二が…私の心から一向に出ていってくれないの。
ほんの小さな事よ。
食事はしてるかな?とか…よく眠れているかな?とか。
愛してくれる優しい人が見付かると良いなって、思いながら生きてきたの。」