第23章 過去の女
「なんだ…俊二かと思った。」
神田美咲はそうつぶやきながら、鍋の中をお玉でかき混ぜた。
「…何をしているんですか?」
「見れば分かるじゃない。」
「あの…他人の家で一体何をしているんですか?」
「ここは元々“私達”が暮らしていた部屋よ。」
これがもしドラマのワンシーンならば、鳥肌が立つような神田美咲の演技に見入ってしまっただろう。
しかし、これは現実の話。
日本のトップ女優と、冴えない数学教師が対峙するという現実の話。
事実は小説よりも奇なり。
私は今、佐久間さんとの恋人関係において最大の危機を迎えているのかもしれない。
「俊二、今日も遅いの?」
「はい。」
「ビーフシチュー食べる?」
「…え?」
「作り過ぎたから。」
戸惑う私の事などお構いなしに「特別だからね。」と、神田美咲は意味深な笑顔を浮かべた。