第2章 高校教師
それは甘くスパイシーな香りだった。
自分以外の誰かがここにいたという証。
昨日の男が枕代わりに使っていたのだろう。
“こんなによく眠れたのは久しぶり”と男は言っていたが、硬い床の上で本当に眠れたのだろうか。
昨日は仕事に間に合ったのだろうか。
タクシーはすぐにつかまっただろうか。
そんな事を考えながら、もとの場所へとクッションを戻す。
名前も知らない年上の男。
44歳の美容師。
少し舌足らずで、穏やかな口調。
柔らかに微笑む男の顔が頭に浮かんだ。
その瞬間、心がトクンと温かくなった。
ずいぶんと忘れていた感情。
何も変わらない。
淡々と作業をこなすかのような1日。
私にとっては当たり前の日常。
そんな日常が…
今日はとても愛おしいものに感じた。