第2章 高校教師
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“コロ”
幼い頃に拾った子犬の名前だ。
目が覚めて、ぼんやりとしながら天井を見つめていたら、忘れていたはずの名前を突然思い出した。
耳のたれた茶色い毛並みのオス犬。
今となってはどこにいるのかも分からない。
そもそも犬の寿命は10年から13年…長くても15、6年。
もう、生きているのかも分からない。
二度と会う事のない捨て犬の“コロ”。
ベッドから起き上がり、カーテンを開ける。
どんよりとした曇り空の下、細かな雨が降っていた。
とくに出掛ける用事は無い。
洗濯をして、掃除をして…いつもの休日だ。
何も変わらない。
淡々と作業をこなすかのような1日。
私にとっては当たり前の日常。
寝室の引き戸を開け、リビングへ出る。
この世界には自分しかいないのではないかと錯覚するほど静かな部屋。
ふと目にとまったのは、ローテーブルの下に転がっていたクッションだった。
もとの場所に戻そうと腰をかがめ、持ち上げる。
その瞬間、フワリとわずかに香水の匂いがした。