第2章 高校教師
「こんな帽子しかないですけど…。」
「ありがとう、助かるよ。」
ニット帽を手渡すと、男はそれを不自然なほど目深に被った。
美意識の高さからではなく、ただ単に帽子がないと落ち着かなかったのだろうか。
使い古しのニット帽をすっぽりと被る男の姿がどこか面白く、私は思わずフフっと笑いをもらしてしまった。
「なんだ、笑わない子なのかと思った。」
「私だって面白ければ笑いますよ。」
ほんの数時間前までは、こうして見ず知らずの男と顔を見合わせて笑い合うとは想像もしていなかった。
男の醸し出す独特の空気感がそうさせたのだろう。
穏やかで柔らかく、そして温かい。
私にとってはとても居心地の良い一時だった。
「帽子、絶対返しに来るよ。」
「いつでも結構ですから。」
施錠のしていなかったドアを開け、男は部屋を出て行く。
「ありがとう、“先生”。」
そう言って笑う男の顔は、幼い頃に拾ったあの子犬にとてもよく似ていた。