第2章 高校教師
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「それじゃあ、もうそろそろ行こうかな。」
お茶を飲み終え、男はようやく重い腰をあげた。
ローテーブルのそばに畳んであった黒いジャケットを羽織る。
その瞬間、フワリと甘くスパイシーな香りがした。
「この辺ってタクシーつかまるかな?」
「大きい通りに出れば走ってますよ。」
「ごちそうさま。」と、にこやかに微笑む男を玄関まで見送る。
部屋を出て行ってしまえば、もう二度と会う事はないのだろう。
先の尖った歩きにくそうな靴を履く男の背中を見つめる。
ふと、幼い頃に拾った子犬の事を再び思い出した。
「俺、帽子被ってなかった?」
「え?」
「黒い帽子。」
「いえ…見てませんけど。」
「しまったな…。」と、男は玄関の鏡に映った自分の顔を見ながら頭を抱えた。
昨日の夜、私が中庭でその姿を見付けた時には、すでに帽子など被っていなかった。
昨日あれだけ酔っていたのだから、きっとどこかで落としてきたのだろう。