第2章 高校教師
カレーを食べ終えてもなお、男は部屋を出て行く様子はなかった。
「懐かしいな。水回りはリフォームされてて驚いたけど。」
相変わらず部屋を見渡しながらくつろいでいる。
私は空いた食器をキッチンへ運ぶ。
時計を見ると午後8時。
男は“これから打ち合わせがある”と言っていたが…
こんなにゆっくりしていても良いのだろうか。
さすがにもう仕事へ向かわなくてはいけないだろう。
“もう仕事へ行かれたら…”なんて言うのは、帰れと催促しているように聞こえるだろうか。
そんな事を考えながら温かいお茶をいれていた時だ。
「ねぇ、この写真って函館?」
少し舌足らずで穏やかな口調。
何てマイペースなのだろう。
男は時間の事など全く気にしていないようだ。
「八幡坂です。」
「そうそう、八幡坂。昔行ったよ。」
男の視線の先には、出窓に並べてあった写真たてがあった。
その中の1枚、函館でもっとも海が美しく見える坂である八幡坂。
高校3年の夏に撮影した写真だった。