第12章 壊れてしまえば
心臓の音がドクドクと早まったのは、性的な興奮からなどではない。
何か…悪い事をしているという居心地の悪い緊張感。
後ろめたさや罪悪感。
身体が強ばる。
引き返そうと思えばまだ引き返せるだろうか。
この期に及んで「冗談ですよ。」と言って逃げ出すのか。
いや、もうこの空気を変える事は不可能。
高杉さんは躊躇無く私を抱くつもりだ。
高杉さんの右手が私の髪を撫でる。
細長い指に髪の毛が絡み取られる。
主導権は自分にあるのだと言わんばかりの強引な手つき。
「ねぇ、先生の名前は?」
「…え?」
突然何を聞くのだろうと私は目を丸くさせた。
またいつもの突拍子もない冗談かと思ったが、高杉さんの表情は真剣だ。
そもそも今まで私の名前すら知らなかったのか。
あれだけ共に過ごしていたにも関わらず、名前すら覚えてもらえていなかった。
思い起こせば、高杉さんはいつも私の事を“先生”と呼んでいた。
“先生”と呼ばれ慣れていたため特に気にした事はなかったが、高杉さんは単純に私の名前を知らなかったからなのだと今さら納得した。