第11章 目眩がするほど
マンションのエントランスへと入った時だった。
鞄の中の携帯電話が鳴った。
彼女からかもしれないと、急いで携帯電話を取り出す。
しかし、彼女が私の携帯電話の番号など知るはずがないという事にすぐさま気付く。
携帯電話の画面に表示されていたのは母の名前だった。
“橘早織”
久しくその名前を見ていなかったという事は、近頃は全く連絡をしていなかったという事だ。
毎年帰省していた5月の連休も、今年は佐久間さんのマンションで過ごした。
電話だけでも…と思ってはいたが、タイミングを逃し出来ぬまま。
結局、引っ越した事すら伝えていなかった。
いつも連絡なしに野菜やお米を送ってくれていた母。
しばらくその荷物も受け取っていない。
もしかするとアパート宛に送った荷物が宛先不明で返送されたのかもしれない。
単身向けではないマンションの住所を教えるのは少し抵抗があったが、家族なのだから知らせるのは当然だ。
「母さん?
ごめんね…全然連絡もしなくて。」
いつもは明るい母の声。
しかし、受話器から聞こえてきたのは、ひどく取り乱した様子の母の声だった。
「どうたの?」
「あのね…おじいちゃん亡くなったの。」