第11章 目眩がするほど
「私は明日早いからもう帰らないと…」
そうやんわりと断ろうとした時だった。
亮太の携帯電話が鳴った。
会社からの電話だろうか。
亮太はすぐさまスーツのポケットから携帯電話を取り出し、険しい表情を浮かべた。
「また嫁だ。
ここでちょっと待っててよ。」
そう言って亮太は人混みを避け、少し離れた場所で電話を始めた。
“待っててよ”と言われても、私にはもう亮太と話す事などない。
目の前の信号は青に変わり、立ち止まっていた人々は一斉に歩き出す。
このまま何も言わず立ち去ろうか。
そう思い、足を踏み出した時だ。
ハザードランプを点滅させた車が道路脇へと停車した。
大きな黒いベンツの四駆…。
すぐさま運転席を覗き見ると、そこには黒ぶちの眼鏡をかけた佐久間さんが乗っていた。
まさか、こんな所で会うなどとは思わなかった。
亮太に呼び止められた事よりも驚きだ。
ハンドルを握り締め、佐久間さんは少し不機嫌そうな表情を浮かべている。
そんな佐久間さんは、こちらへ向かって手招きをし、車に乗るよう訴えた。