第9章 甘い嘘●
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マンションへ帰って来た時には、すでに午前0時を回っていた。
足音を立てぬよう、暗い廊下を歩く。
佐久間さんはもう眠っているだろうか。
玄関には今朝履いて出掛けたであろう靴が並んでいた。
…一体何から話せば良いのだろう。
いくらお酒を飲もうとも、愛美先生達の話を聞こうとも、このマンションへ帰って来ると心は落ち着きを失う。
それでも、佐久間さんを責める気持ちは微塵も無かった。
佐久間さんの立場を考えれば当然の事にも思えた。
佐久間さんは日本を代表するロックバンドのギタリスト。
見ず知らずの女に正体を明かすなどリスクが大きすぎる。
ただ…
恋人になってからは本当の事を話して欲しかった。
こうして毎日同じ家に帰り、同じベッドで眠るのだ。
もっと早く…出来れば佐久間さんの口から聞かせて欲しかった。
そう思ってしまうのは、私のエゴなのだろうか。